私情つうしん 第1号 1995年6月発行

歴史小説との出会い

by 桑ヶ谷森男

 歴史小説が、よく読まれているといいます。私が歴史小説を読むようになったのは、15年ぐらい前のことです。高校日本史を担当していた私は、帰国生徒S君の答案を見て、ちょっとショックを受けました。「先生の授業より、司馬遼太郎や松本清張の本を読んだ方が、分かりやすく、よく理解できます」というコメントが添えてあったのです。それまで20年近く歴史教師をしてきていましたが、“歴史小説”には胡散臭さを感じていて、無関心でした。歴史理解には、フィクションをできるだけ排除すべきだ、と思っていたからです。
 S君は、開校2年目に入学した2期生であり、海外現地校帰りの生徒でした。日本史を大学入試科目としている生徒も多く、私は帰国生徒の苦労を軽減するようなプリントを作成し、その成果にいささか自己満足していました。帰国生徒を甘く見ていたのかも知れない、という気がしました。歴史小説を読んでいる帰国生徒がおり、授業内容に受験勉強とはちがう何かを求めていることを、思い知らされました。私は、歴史小説を読んでみようと思い立ちました。最初は、S君があげた司馬遼太郎の『坂の上の雲』あたりでした。
 歴史小説を読みはじめて間もなく、私に対するS君の批判は正しい、と認めることになりました。それまで私が歴史小説を避けてきた背景には、戦時中児童として読まされた皇国史観の「国史」への反発がありました。中野好夫氏は、「戦前の日本史関係のものは、これまた本当の人間存在じゃなくて、楠木正成とか、つまり愛国者、忠臣、孝子、そういう人の伝記はずい分出たのでありますが、戦後になってその反動がきました。……個人個人じゃなくて、その経済体制はどうであるとか、それで歴史はこういうふうに動いたとか……個人の名前は出ますが、その個人が歴史のなかでどういう役割を果したかということはほとんど現われてこない」(『伝記文学の面白さ』岩波同時代ライブラリー)と述べています。
 私が歴史に関心をもちはじめた高校・大学時代は、そうした背景がありました。そして、昭和30年に岩波新書『昭和史』が出版されると“昭和史論争”といわれる議論がおこりました。「私の友人の亀井勝一郎君が『人間不在』という言葉を使いましたが、そういう人間不在の歴史というものは実にくだらんということで批判したのであります」(中野好夫、前出書)。S君の私の授業に対する批判、注文には、これに類するものがあったかと思います。意識的に歴史小説を読むようになって、作家によっては厳密に資料を研究していることが分かり、学術書、教科書、参考書では表現できない、生き生きとした事件の推移や時代像を描き出していることを知りました。
 自由研究講座という選択科目として、「歴史小説を読む」クラスを始めることにしました。帰国生徒が日本史に親しむ機会にもなりましたが、生徒たちとの話し合いの中で、私自身が学ぶところが、多くありました。ところが、最近の帰国生徒は、受験勉強に直接役立たないと思うのか、歴史小説を読む気持ちの余裕をなくしているようにみえるのは、残念です。海外現地校に通う諸君には、塾や通信教育の問題を解くよりも、現地校の学習の合間に歴史小説でも読んでほしいと思うのです。
 井上靖『天平の甍』、司馬遼太郎『菜の花の沖』、藤沢周平『市塵』、吉村昭『ふぉん・しいほぉるとの娘』、杉浦明平『小説渡辺崋山』など、それぞれの時代の国際理解・交流にかかわった人物像との出会いもありました。渡辺崋山の悩みや生き方には、自分のおかれた状況と重ね合わせてみるような、読み方になったりしました。S君のコメントがなかったら、歴史小説とのこんな付き合いもなかったかも知れません。去年から、卒業生の父母の有志と「歴史小説で日本歴史を辿る」集いをもつようになりました。歴史小説を読みながら、生徒たちと一緒に登場人物となる現代を、ひとつの歴史として思い描いてみる今日この頃です。